そぞろごと

退嬰老人日記

鷲巣繁男『戯論』

由良君美の『みみずく古本市』で見て興味をもったもので、だいぶ前に手に入れたまま積読になっていた。本書の副題に「逍遙遊」とあって、おそらくこれはマラルメのディヴァガシオンから想を得たものだろう。しかし、その divaguer ぶりは本家をはるかに凌駕…

自殺ソングについて

自殺ソングで有名なのは、ダミアの「暗い日曜日」だろう。確かに陰々滅々とした曲だが、私はこれを聴いてもべつに自殺したいという気持にはならなかった。日本では、「アカシアの雨がやむとき」が似たような歌詞をもっているが、これを自殺ソングと呼ぶ人は…

エリー・アメリングと眞理ヨシコ

往年の名ソプラノにエリー・アメリングという人がいる。私はこの人の歌が大好きで、CDばかりか「歌の冒険」と題された写真集まで持っているくらいだが、どうしてそんなに惹かれるのか、自分でもよくわからなかった。ところで、今日、子供のころに好きだった…

日記

この一月から思い立って日記をつけている。こうして自分で日記を書いていると、他人の日記が気になってくる。たとえば永井荷風の断腸亭日乗。題名からして厭味だなと思って顧みなかったが、うちにあった全集本で罹災日録というのをみると、たしかにじじむさ…

年頭所感

初詣に出かけた人は、今年は少なかったのだろうか。私はめったに行ったことがないが、今日になって近くの神社に足を運んでみた。三日の午後なので、あまり人もおらず、がらんとした感じだった。コロナの影響か、鈴がなくなっていたが、あれがないとどうも神…

年末の一日に

ふと思い立って芥川の「年末の一日」を読んでみようと本を取り出した。5ページあまりの小品。年末に知り合いの記者と漱石の墓参りをしたという、ただそれだけの話だが、末尾に車曳きの男が箱車を曳くのを手伝ってやる場面がある。それは東京胞衣会社の箱車な…

近況

日本では年末の年中行事に組み込まれているベートーヴェンの第九。私もなんとなく毎年クレンペラーのものを聴いていた。今年はふと思い立ってユーチューブでフルトヴェングラーのものを聴いてみた。いままであまり好きではなかった第九だが、この演奏はすご…

蒐集趣味の終焉

だいぶ前にエリスライトという鉱物について書いたが、その後もいっこうに気に入る標本に巡り合えず、今後一生かかっても入手はむつかしくなってきた。こういう先の見えない、ぐずぐずした流れに終止符を打つべく、中途半端なしろものではあるが、ともかくエ…

深見東州『強運』

本書はいまでもたまに電車の中の広告で目にする。けっして新刊というわけではないのだ。まあ、あんまりたびたび目にするので、機会があれば読んでみたいと思っていた。しかし、そんな機会はなかなかこない。で、このたび思い切って自分で買ってみた(ネット…

スーパーギタートリオのひみつのなぞ

1981年に出たスーパーギタートリオのライヴ盤。これを聴いてアコースティックギター(当時はフォークギターと呼んでいた)に対する認識が一変してしまった人は多いと思う。私もそれまで少しはギターにも触れていたが、この演奏に驚いてスパニッシュギターや…

宮崎湖処子『帰省』

筑摩の文学全集(初代)の「明治名作集」を手に入れて、最初から順に読んでいったが、どの作品もじつにおもしろい。個々の作品を覆っている、いまは失われた明治時代の雰囲気が、たまらなく魅力的なものに感じられる。ところが、宮崎湖処子の「帰省」にいた…

Teuchedy について

ロバート・バートンの『憂鬱の解剖』に、Teuchedy というのが出てくる。これが何なのか、長いこと謎だったが、いつだったか、あるフォーラムでその語源解説がしてあって、なるほどと膝を打った。ところが、今見てみると、ページごと消え去っている。もしかし…

ホフマンスタールについて

彼について何か書くほどよく読んでいるわけではないが、ドイツ語で最初に一冊読み通した本が、彼の『道と出会い』だった。読み通したといっても、薄っぺらいレクラム文庫なので、たいしたことはないが、やっぱり最初の一冊というのは後々まで影響する。私に…

わが心の大和田

大阪市西淀川区大和田西2の39。これが私の精神上の原籍地だ。私はここに9歳まで住んでいた。今日、仕事で近くを通ることになったので、しばらく車をとめて、子供のころ遊んだ思い出の場所を写真に撮ってきた。ひとさまにはまったく興味をもってもらえない…

懐メロとしてのバッハ

YTを見ていると、ヘルムート・ヴァルヒャの『フーガの技法』が全曲アップされているの発見した。いやはや、なんでもありますな、YTには。 一番から順を追って聴いてみたが、しだいに湧き上ってくるノスタルジーを抑えることができなかった。これを最初に聴い…

好事魔多し

やっと軌道に乗りかけた宅録だが、ちょっとした不注意でギターの背面に穴を開けてしまい、リペアに出さざるをえなくなった。納期はひと月半とのことで、11月中旬まで宅録はお預けということになる。宅録はともかくとして、日常的にギターを弾くことが習慣に…

粋でこうとで人柄で

昔の本ではたまに見かける表現だが、この「こうと」は「高等」のつまったものだと思っていた。高等、つまり高尚というような意味かな、というふうに勝手に思いこんでいたのだ。ところが、最近饗庭篁村の「当世商人気質」を見ていたら、このこうとに「公道」…

『尼僧ヨアンナ』について

私がこれまで見た映画の中で、ベストテンを選ぶとすれば、必ず入ってくるのがカヴァレロヴィッチの『尼僧ヨアンナ』だ。このたび、ちょっと気になることがあったので、原作の方も覗いておくことにした(岩波文庫、関口時正訳)。気になることというのは、映…

ゾラ『獲物の分け前』

中井敦子訳のちくま文庫。耐えがたく退屈で、読み了えるのに半年ほどかかってしまった。ネットで感想をみると、案に相違して、みなさん意外と本書を楽しんで読んでいるようだ。退屈に思ったのは私がわるかったのか。たぶんそうだろう、ゾラほどの作家がつま…

羽仁進『初恋:地獄篇』

この映画では、寺山修司は名前を貸しただけで、製作にはいっさい関っていないと羽仁進が言ったそうだが、それはたぶん嘘だと思う。というのも、ここには寺山的なものが少なからず散見するからだ。ただしそれはほんの味付け程度にとどまっている。そして、そ…

顔のシンメトリーは精神のバランスのあらわれか?

凶悪事件の容疑者の顔写真を見ていつも思うのは、左右非対称の顔が多いな、ということだ。今回のボウガン男もしかり。やはりシンメトリーを欠いた顔というのは、精神的にもバランスが崩れているとみていいのだろうか。何年か前に、ベトナム人の女児が強姦さ…

オリンピックについて思うこと

コロナ騒ぎでオリンピックが延期となり、さらには中止になるかもしれないという。楽しみにしている人々にとっては由々しき事態だが、私としてはまるきり関心がなくて、どうでもいいや、という気持だった。しかし、スポーツにほとんど興味のない私も、かつて…

新世紀の幕開け

このたびのコロナ騒動で、やっと20世紀が終りを告げ、21世紀が始まるのかな、という気がしている。なにを寝ぼけたことを、もう20年も前から21世紀に入ってるよ、という声もあるだろう。まあそれはそうだが、われわれが〇〇世紀という言葉で思い浮べるあれや…

ダニエル・シュミット『ラ・パロマ』

大昔に深夜放送で半分眠りながら見たものをもう一度ちゃんと見ておこうと。そんな気になったのは、この映画がなかなかレアで、めったに見るチャンスがないせいでもある。本作にかぎらず、ダニエル・シュミットの作品は軒並み廃番で、再発のめども立っていな…

日々是凶日

コロナコロナで 明け暮れて しづこころなし どうもこういう問題になると、なかなかデリケートで、うかつな発言はできないが、私は昨日だいぶ「3密」を破ってしまった。いうところの法事。なにもこんなときにやらなくてもいいのに……どうも日本人はまだ事態を…

ジャン・ジュネ『愛の唄』

ジャン・ジュネが1950年に作った映画『愛の唄』を見る。プライベートフィルムというのでもなく、かといって一般公開を意図していたとも思えない、ふしぎな映画。 感想はといえば、これは三島由紀夫が喜びそうな映画だな、というに尽きる。三島が喜びそうとい…

幺微体

新型ウイルスが猛威を揮っているというので、連日報道がある。ヒアリのときでもそうだが、水際作戦なんてうまくいくわけがない。ちょっとした隙からいくらでも入ってくる。とくに日本のような、おめでたい国ではね。まあそれはそれとして、そういえばバクテ…

ピエール・ルイスは下司なやつ

ピエール・ルイス(正しくはルイ)を主人公にした映画が出たらしい。なんでいまごろ?このルイスなる作家には典雅な作品もあるが、気が狂っているとしか思えないものも多い。そんな彼の狂文を、『十二ダースの対話』からサンプル的に紹介しよう。内容に沿っ…

二人のプリュドム

prudhommerie とか prudhommesque とかいう言葉があって、いずれも Prudhomme(人名)に由来する。意味は、くだらないことを勿体ぶってしゃべる、ということで、そんな言葉の語源になったプリュドム氏というのは、いつしか私にとって俗物のひとつの典型にな…

サッポーの歌をギリシャ語で聴く

呉茂一の訳したサッポーの「アプロディテー讃歌」。これはなかなかすごいものではないかと思う。 はしけやし きらがの座に とはにます神アプロディタ、 天帝のおん子、謀計の織り手、御前にねぎまつらくは おほよその 世のうきふし なやみごともて 我が胸を …