そぞろごと

本、鉱物、音楽、etc.

ベースをリペアに出す

こんなことは書いてもしかたないのかもしれないが、まあ愚痴みたいなものですね。事の起りは、ベースの弦高を下げようとして、駒を削ったことだった。これがつい削りすぎて悲惨なことになった。胴の横に大きな穴が開いているのが前から気になっていたので、…

ジャン・ジュネ『愛の唄』

ジャン・ジュネが1950年に作った映画『愛の唄』を見る。プライベートフィルムというのでもなく、かといって一般公開を意図していたとも思えない、ふしぎな映画。 感想はといえば、これは三島由紀夫が喜びそうな映画だな、というに尽きる。三島が喜びそうとい…

「ウイルス=悪霊」説

いつだったか、だれかのブログで「ハウスダストには悪霊が棲む」というような記述を見出して、なるほどなと思った。そのブログはおそらくオカルトや風水の見地から、掃除をすることの重要性を解いていたんだと思うが、私はオカルトとはべつに、もっと形而下…

幺微体

新型ウイルスが猛威を揮っているというので、連日報道がある。ヒアリのときでもそうだが、水際作戦なんてうまくいくわけがない。ちょっとした隙からいくらでも入ってくる。とくに日本のような、おめでたい国ではね。まあそれはそれとして、そういえばバクテ…

ボーディル・ヨーンスンのこと

自分のはてブを見直していたら、ボディル・ヨエンセンという人に関する(?)記事が目についた。その記事はもう読めなくなっているが、「動物愛好家、閲覧注意」という自分のコメントにはちょっと興味がわく。いったい、ヨエンセンとは何者か。ボディル・ヨ…

読書について

速読というのがあって、達人になると、一冊の本を数分で読むことができるらしい。もちろん努力の賜物であろうが、人間の脳というものがいかに高性能に作られているか、このことからもわかるだろう。私は、速読というほどではないが、若いころは本を読むのが…

余白を汚す者

上田敏の『牧羊神』に収められた、ギイ・シャルル・クロオの「譫語」のなかの忘れがたい一句、「古書に傍註して之を汚す者よ、額づき拝せ、われは神だ」これが原文ではどうなっているのか、前から気になっていたが、調べる手段がなかった。今ではネットとい…

d と z との間

ある本を読んでいると、「撫ぜる」という言葉が何度も出てくるので気になった。まあ意味はわかるが、ふつうは「撫でる」ですよね。ふしぎに思って調べてみると、どうも「撫でる」も「撫ぜる」もどっちもOKのようだ。どっちもOKということは、もしかしたらそ…

外国の詩のわからなさ

この季節は落葉がすごい。掃いても掃いても追っつかない。道ばたに溜った落葉が風に舞うのを見ながら、ふとヴェルレーヌの「秋の歌」を思い出す。これは上田敏の名訳によって日本でも広く知られている。私の母も、この詩と、カール・ブッセの「山のあなたの…

ピエール・ルイスは下司なやつ

ピエール・ルイス(正しくはルイ)を主人公にした映画が出たらしい。なんでいまごろ?このルイスなる作家には典雅な作品もあるが、気が狂っているとしか思えないものも多い。そんな彼の狂文を、『十二ダースの対話』からサンプル的に紹介しよう。内容に沿っ…

二人のプリュドム

prudhommerie とか prudhommesque とかいう言葉があって、いずれも Prudhomme(人名)に由来する。意味は、くだらないことを勿体ぶってしゃべる、ということで、そんな言葉の語源になったプリュドム氏というのは、いつしか私にとって俗物のひとつの典型にな…

パッサン・コンシデラブル(途轍もない通行人)

ランボー、ランボー アル中のランボー へんてこな やつこれ、元ネタわかる人、いるかなあ……いずれにしても、こんな歌(?)を口ずさみつつ、ランボーに親しんだのは、高校一年のころだった。好きだったのは、創元選書の小林秀雄の訳本で、これには小林のラン…

三昧という言葉

今日メールを見ると、『井筒俊彦ざんまい』という本の紹介があった。なるほどそんなものが出たか、と思うだけだが、その「ざんまい」という言葉にちょっと引っかかった。どうも、私の語感では、「ざんまい」というのは軽く響くのである。なんとかざんまいと…

両性具有者としての神

中村隆夫氏の『象徴主義と世紀末世界』(東信堂、2019年)からの引用(p.127)。 旧約聖書の創世記中のアダムの創造に関する記述を見てみよう。「神は言われた。『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這う…

サッポーの歌をギリシャ語で聴く

呉茂一の訳したサッポーの「アプロディテー讃歌」。これはなかなかすごいものではないかと思う。 はしけやし きらがの座に とはにます神アプロディタ、 天帝のおん子、謀計の織り手、御前にねぎまつらくは おほよその 世のうきふし なやみごともて 我が胸を …

ふと考えたこと

何を考えたかといえば、自分はどうしてはてなブログを使ってるんだろうか、と。それはたぶん、私が初めて使ったのがはてなダイアリーだったという、それだけの理由ではないか。いや、初めてではなかった、その前に、数日ヤフーのブログサービスを使ったこと…

狂詩について

東洋文庫(平凡社)の「江戸狂詩の世界」という本をぱらぱらめくっているが、どうも興が乗らない。中途半端にひねったものばかりで、がつんとくるものがないのだ。「江戸のエスプリがわからぬか」と通人にいわれそうだが、エスプリなんぞはどうでもいい。私…

骨折と呼ばれる文字

ドイツの古い本を、中身を見ずに発注するのはけっこうひやひやものだ。というのも、その字体があの装飾的なドイツ印刷体だと困るのである。単純に読めないので。しかし、戦前に出た本でも、これまではぜんぶふつうのローマ字(ラテン文字)だったので、警戒…

球形の鉱物標本

長らくご無沙汰していた鉱物標本だが、久しぶりに一点買った。今回のは球形に研磨したシャッタカイトその他の鉱物で、最近ちょっと宇宙づいていることから、星のようにみえるオブジェが欲しかったというのが正直なところ。 購入元からの説明は下記のとおり。…

『四畳半襖の下張』金阜山人戯作(伝・永井荷風)

江戸三大奇書の向うを張って、好色三大伝奇書なるものが一般に行われているらしい。その内訳は、明治の『袖と袖』、大正の『乱れ雲』、それに昭和の『四畳半襖の下張』である。成り行きとはいえ、前二作を読んだ手前、最後のものにも目を通しておくのが筋だ…

『袖と袖』(伝・小栗風葉)

前回の続きで手に取ってみた一冊。小栗風葉という、今日ではだれも知らない(?)作家の手すさびになるとされる春本。これもやはり筋らしい筋のない、エピソードをつなげただけの小説で、私の当初のテーゼ「春本は家庭小説の一種である」はどうやら形無しに…

『乱れ雲』(伝・佐藤紅緑)

この前、家庭小説について書いたとき、春本も広義の家庭小説に入るのでは? というようなことを書いた。まあ、そんなことを真に受ける人もいないと思うが、いちおう検証のつもりで、古典的な春本を読んでみることにした。河出文庫で何冊か出ている秘本シリー…

高山宏『夢十夜を十夜で』

高山先生が学生たちを相手に『夢十夜』の講義をした記録のようなもの。多少は編集されていると思うが、だいたいこんな感じで授業が進んだ、という雰囲気は伝わってくる。最初のほうに、「この十篇を一貫してマニエリスムの文学とは何かを論じられることにな…

新紙幣の顔

渋沢栄一がどういう人か、何をした人か、私はよく知らないが、厨川白村が1922年(ほぼ100年前!)に書いた「悪魔の宗教」という論稿*1に、 多年うまい金儲けをして身は大資本家となつて貴族に列せられる頃には、引退して何食わぬ顔で今さら論語なぞを説いて…

ブログを中断している方々へ

はてなブログを始めてはや二ヶ月が過ぎた。自分とほぼ同時期に始めた人々のブログで、いつくか注目しているものもあったが、それらの大半がすでに活動休止状態に入っている。書き手がやる気をなくす理由としては、やはりアクセスが思うように伸びない、とい…

井筒俊彦『コスモスとアンチコスモス──東洋哲学のために』

この本の巻末に添えられた司馬遼太郎との対談の中で、著者が「英独仏語なんぞは手ごたえがなさすぎて外国語をやってるという気がしない」と放言(?)しているのがおもしろかった。たしかに、そんなものは赤子の手をひねるようなものですよね。しかし、この…

「二度読むに値しない本は、一度読むにも値しなかった」

表題の文は、F. リッケルトの言として伝えられるものですが、これが唯一正しい見解というわけではないでしょう。たとえば、「二度読む必要はないが、一度は目を通しておくべき本」とか、「ぜったいに二度は読まないだろうけど、とにかく買って読まずにはいら…

百科と百学連環

「~百科」というのが安っぽい響きをもつのは否定できない。それは子供のころから「~百科」という題名の本をいやというほど目にしているからで、「百科」といえば、中身の薄い概説書のような印象をもってしまうのである。しかしこの「百科」はもとはエンサ…

サイモン・ミットン編『現代天文百科』

この前はてなブログで「乗り物」というお題が出たので、乗り物としての地球について書いた。それが機縁で宇宙関連の動画を見たりしているうちに、ふと思い出したのが、私が若いころ、本屋で手に取って思わず瞠目した大冊のことだ。それはたしか岩波書店から…

語学について

先日アマゾンで井筒俊彦の『イスラーム文化』という本(岩波文庫)を買おうとしたら、「お客様は2010年にこの本を購入されています」というようなメッセージが出た。え? と思って本棚を見たら、たしかにその本はうちにある。買って読んだのは間違いない。に…