そぞろごと

退嬰老人日記

人を殺す能力

私は自分よりもバカな人間にはあまりお目にかかったためしがない。たいていの人間は私よりはましな部類に属する。芥川のいう、「ばかな、嫉妬深い、猥褻な、ずうずうしい、うぬぼれきった、残酷な、虫のいい動物」とはまさしく私のことだ。

いったいどういう契機でここまで転落したのか。自分ではうすうす分っているが、それはここには書きたくない。しかし、そんな私でも、ニュースで報道される犯罪者をみると、こいつらよりかはちょっとはましかな、という気がする。下には下がいるものだ。世界は広い。

ただ、犯罪者(端的には殺人者)のニュースを読みながら感心(?)するのは、かれらはたいてい人殺しは初めてなのにもかかわらず、じつにみとごにやってのけていることだ。その後始末がへたくそで、発覚してしまうのは仕方ないとして、殺人そのものは完璧に遂行している。こういうのを見ていると、人を殺すのは意外に簡単なのかな、と思ってしまう。

そこで考えてみると、現在われわれが生きているという、ふだんは自明すぎてほとんど考えもしないような状態が、過去にさかのぼってみると、ご先祖様の並々ならぬ努力のおかげであることがわかる。人間だか猿だか分らないような、毛むくじゃらの生き物だったころから、現在のわれわれに至るまで、一度も途切れずに命の受け渡しがなされてきた背景には、数限りない修羅場と殺戮とがあっただろう。やらなければやられる、という状況を生き延びてきたものだけが、未来に子孫を残すことができたのだ。

そう考えてくると、われわれの遺伝子のなかには、過去に経験してきたおびただしい殺戮の記憶が、どこかに消えずに保存されているにちがいない。長い目で見れば、われわれのご先祖様は、相手が動物であれ人間であれ、殺して殺して殺しまくってきたのだ。

人間が練習もなしにいきなり完璧に人殺しができるのは、たぶんそういう暗い血のなせるわざにちがいない。

わが心の大和田

大阪市西淀川区大和田西2の39。これが私の精神上の原籍地だ。私はここに9歳まで住んでいた。

今日、仕事で近くを通ることになったので、しばらく車をとめて、子供のころ遊んだ思い出の場所を写真に撮ってきた。ひとさまにはまったく興味をもってもらえないと思うが、自分のために記事にしておこう。

まず最初に、その精神の原籍地の今の様子だ。ここにかつての私のアパートがあった。二階建てで、下にはうどん屋があった。私の家は、二階のいちばん奥にあった。


その家の前に、こういう記念碑が立っていた。私の子供のころにはもちろんこんなものはなかった。


家の前の道路(旧街道)を少し行ったところに、かつては太鼓橋という鉄橋がかかっていた。その橋は、いまでもどこかに移動させられて、保管されているという話を聞いたことがあるが、どうか。


このトラヤというのは、たぶん服屋だったと思う。父親がマフラーかなにかを買ったりしていた。いまでもそのままの名前でテントが出ているのにびっくりした。


そのトラヤの前の家並。ここに、かつて通わされていた勉強学校(死語か?)があった。青地という先生が教えていたが、私はここでの勉強がいやで、よくさぼっていた。青地先生も、おそらくはもうご存命ではあるまい。


私の通っていた小学校。もちろん当時とはまったく違っている。


千船駅の近くの階段。なんの変哲もない光景だが、私にはこれだけでもけっこうなノスタルジーの源泉だ。


その階段を登ったところにある建物。当時とほぼ変らないように思う。この建物の階段を降りたところに書道教室があって、一年ばかり通っていた。そのときの習字の先生は、私の母の先生でもあったらしい。


その建物の反対側の階段を降りたところ。かつてはここにせんぼし(千星?)という店があって、子供向けのおもちゃや駄菓子を売っていた。


千船駅の手前の橋の上から見た神崎川


現在の千船駅。当然のことながら、私の記憶にある千船駅とは似ても似つかない。


道を歩いていると、どういうわけかインドかスリランカの料理店がけっこうある。インド人らしい人にも何人か出会った。インド人のコミュニティーでもできているのだろうか?


子供のころよく遊んだ公園。


その公園の横にある住吉神社。「和」という字が書かれた慰霊碑は、かつてはオベリスクのような尖塔だったが、いまは取り壊されてしまったらしい。横のお堂の裏に、その尖塔がへし折れて転がっていた。












私の通っていた幼稚園。


その幼稚園の前にあるお寺。同級生のY君の家がこれだ。Y君はたぶん住職になっているんだろう。Y君の弟もかわいい少年だった。


最後に、当時好きだったあの子の家はまだあるのだろうか、と年甲斐もなく胸を躍らせながら探してみたが、それらしい家は見当らなかった。コンビニと駐車場が新たにできていて、かつての入り組んだ路地は跡形もなく消え失せていた。

     * * *


子供のころ、学校で習った歌に、「大和田子供の歌」というのがある。歌詞は、


いつも仲よく、元気よく
楽しくいっしょに遊びましょう
和田浦の宝船
流れる水に運ばれて
進め、世界の果てまでも


うろおぼえだが、こんな感じだった。


検索しても出てこないが、大和田で育ったアラカンの人々は知っていると思うので、もしちゃんとした歌詞をご存じの方がここを見られたら、ぜひご教示ください。

懐メロとしてのバッハ

YTを見ていると、ヘルムート・ヴァルヒャの『フーガの技法』が全曲アップされているの発見した。いやはや、なんでもありますな、YTには。




一番から順を追って聴いてみたが、しだいに湧き上ってくるノスタルジーを抑えることができなかった。

これを最初に聴いたのは、中学のころだったか。とにかく半世紀ほど昔のことで、当時はアルヒーフのレコードは私の中では別格の扱いになっていた。レコード店でも、アルヒーフのコーナーはなんとなく格調高く感じられた。そのジャケットデザインや、輸入盤の体裁から、ヨーロッパの雰囲気をいちばんダイレクトに伝えてくれるのがアルヒーフのレコードだった。

その数あるレコードの中から、私が選んだのは、5千円という、中学生にはかなり高価な2枚組の『フーガの技法』だった。これを選んだのは、たぶん当時読んでいた芥川也寸志の『音楽の基礎』という本に影響されたんだと思う。その本には、「フーガは、古き多声音楽の到達した最高の様式であり……『フーガの技法』は、フーガの宝典であるとともに、職人的な作曲技法というものをこれほど見せつけられる作品はほかにはない」と書かれていた。

芥川也寸志は、「フーガの鑑賞では、ただ漠然と聞き流すほと馬鹿らしいことはない」といい、各声部を目でも追いかけられるように、楽譜を用意せよ、といっている。私はその忠告に従って、楽譜を買ってみたが、けっきょくのところ、バッハの作曲能力が人間離れしていることの確認に終ってしまい、楽理の深いところはわからずじまいだった。

しかし、芥川先生に楯突くわけではないが、この『フーガの技法』という作品、対位法の曲集であると思わずに、いっぷう変った和声音楽として聞き流したとしても、随所に印象的なフレーズがちりばめられた、文字通り珠玉のような作品なのだ。私が最初にこの作品を聴いて感じたのは、これは棺桶に片足突っ込んだ老人の書く音楽ではないぞ、ということだった。これほどみずみずしい感覚を死ぬ間際まで保っていたバッハの、老いを知らぬ若さにまず人々は驚くだろう。

この作品は、一曲を除いて楽器の指定がないことも、当時の私にはピンとこなかったが、この作品の価値を高めている要因のひとつだと思う。というのも──

ヨーロッパ音楽が他国の音楽と比べて異次元の高みにあるのは、それが「書かれた」音楽であるためだ。書かれたとは、要するに譜面に採るということだが、それはとりもなおさず音楽をフォルム、形相として捉えることを意味する。この、マテリア(質料)を抑えてフォルマ(形相)を重視すること、つまりヨーロッパ音楽の根底にある思想を、バッハは『フーガの技法』(ならびに『音楽の捧げもの』)において、さりげなくわれわれに示しているのだ。

私はその後、バッハの対位法からはだんだん離れて行って、やがてバッハ以前、つまり対位法がそれほど厳密に定式化されていなかった時代の、もっと自由でおおらかな音楽におもしろみを見出すようになるが、その興味も過ぎ去った現在、ふたたびバッハを聴き返すことは、とりもなおさず少年期のあれやこれやを回想することにつながる。つまるところ、懐メロとしての要素が非常につよくなってくるのだ。

それでいいのだろうか、という思いもあるが、「それでいいのだ」とどこからか、だれかの声がきこえてくるような気がする。

バッハに始まりバッハに終るとすれば、ここに私の音楽的円環が閉じられることになるが、たぶんそううまくは行かないだろう。


     * * *


今回のYTでは、ヴァルヒャが補完した「最終フーガ」も聴くことができる。さすがに長年バッハの音楽に親しみ、研鑽を積んできた人だけあって、みごとな出来栄えだが、作品に新たななにかを加えるまでには至っていない。つまるところ、これはヴァルヒャ一流の、壮麗を極めた蛇足であった。

好事魔多し

やっと軌道に乗りかけた宅録だが、ちょっとした不注意でギターの背面に穴を開けてしまい、リペアに出さざるをえなくなった。納期はひと月半とのことで、11月中旬まで宅録はお預けということになる。

宅録はともかくとして、日常的にギターを弾くことが習慣になってしまった人間にとって、ギターが弾けないというのはなかなかストレスになる。幸い、安物だがいちおう弾けるエレキギターがあるので、これでしばらくは我慢するとしよう。

このエレキギター、2年ほど前にアコギと同時期に買ったもので、ヘッドに Photo + Genic と書いてある。アマゾンで1万円だった。もちろん新品だ。

私はこれを見たときは、新品のストラトキャスターが1万円で手に入ることに感動し、思わず買ってしまったのだが、1万円のギターというと、頭から否定してかかる手合がいる。しかし、私にはそんなにわるいものにはみえなかった。少なくともアンプを通さない音は、それなりにシャンシャンしているように思った。

もともと夜間のコード練習用に買ったので、アンプは使わないつもりだったが、アコギを修理に出してしまった今となっては、これをメインギターとせざるをえない。そこで、以前に買ったヴォックスの amPrug というガジェットを補うかたちで、電池式の卓上ミニアンプを買ってみた。



こいつが、思いのほかいい音がする。

まったく、技術の進歩には驚くばかりだ。かつては、電池式の卓上アンプといえば、マーシャルのものが代表格で、とにかくしょぼい音しか出なかった。

さて、こうして小さいながらもアンプで増幅されたギターの音は、とても1万円のものとは思えない。これもやはり技術の進歩で、安くてもすぐれたものが生産できる時代になったのだろうか。この夏の暑さで、ベースは膠が溶け出しそうになり、かなり危なかったが、ギターのほうはアコギ、エレキとも、ネックの反りなどはほとんどなかった*1

こうなると、かつては気にもとめなかったエレキががぜん愛しいものに思えてくる。ちゃんと調整してやれば、もしかしたらステージでも十分使えるかもしれない。そういう機会がくるかどうかは今のところわからないが、バカにしていた連中に、一万円ギターの底力を見せてやることができれば、と思う。


     * * *


タイトルに使った「好事魔多し」だが、最近の若い人々のなかには、これを「こうじま・おおし」と読む人が少なくないようだ。私はかれらの一人に「好事魔って何ですか?」と訊かれて面食らったことがある。

それで思い出すのは、「綺羅星のごとく」という成句。これも、正しくは「綺羅・星のごとく」だが、最近では相当な人(大学の先生)なども、「綺羅星」なるものが存在すると思っているようだ。キラキラお星さまからの連想であろうか。気持はわかるが、ちゃんとした使い方をしてほしい。

*1:もっとも、調弦はしょっちゅう狂っていたが

才能について

好きだけど向いていないもの、というのはつねにある。下手の横好きなんていうのは、たいていこの口だ。

先日、ふと思いついて一人でカラオケに行った。ヒトカラなんて何年ぶりだろうか。まあ、コロナでさんざん悪者にされたカラオケボックスがどうなっているか、見たかったというのもある。

入ってまず驚いたのは、受付の店員がいない。すべてタッチパネルの機械操作で受付が完了する。これはすごいことになったな、というのがまず感想だった。初めての客で、機械オンチだったら、確実に戸惑うだろう。

店の中は、少なくとも閑古鳥が鳴いているふうではなかった。どの部屋からも、それなりににぎやかな音や声がきこえていた。

まあそれはそれとして、一人でカラオケを歌ってみた結果はといえば、まったく楽しめないばかりか、自分の歌手(!)としての才能のなさに、ほとほと愛想がつきてしまった。

歌手の魅力をなす主たるものは、声質と表現力だろう。これは車の両輪のようなもので、どっちか片方だけではダメなのだ。そして、私にはそのどちらもが欠けている。表現力のほうは、練習次第でどうにかなるかもしれないが、声質はたぶん生得的なもので、なかなか変えられるものではない。それに、無理に変えてしまっては、自分が歌っているという実感がもてないだろう。

どんなに好きな曲でも、自分が歌ったらよさがまったくなくなる、というのでは、なんのために歌っているのかわからない。

とにもかくにもあれだ、カラオケのような、理屈抜きで楽しめるものと一般には思われているものでも、ほんとに楽しむにはそれなりに練習を積んでおかなければならない、ということがよくわかった。たしかに、練習しなくてもすばらしい歌をきかせてくれる人がいる。しかし、そういう人は例外なのだ。つまり、もともと才能があるわけで、スタート時点からしてすでに差がついている。


     * * *


最近宅録を始めたことは前回書いた。しかし、ここでも自分の才能のなさを見せつけられることになった。

私のやりたかったのは、いくつかある自作曲を作品として仕上げることと、スタンダード曲で好きなだけインプロヴァイズしてみたい、ということだった。そして、自作曲もテーマ以外はほとんどインプロヴィゼーションで成り立っているので、まず他人の曲で様子を探ろうと思って、大好きなビル・エヴァンスの「ヴェリー・アーリー」を課題曲に選んだ。

これをコードトラックにとって伴奏にして、リピートさせながらそれに合わせてギターを弾いてみたが……

簡単そうにみえる即興演奏でも、いざやってみるとまったくうまくいかない。やればやるほど、自分がいったい何がしたいのか、わからなくなってくる。

ギターで曲芸のようなことをやる? いやいや、そんな技倆はないし、そもそもヴィルチュオジテというのは私の好むところではない。

私のやりたいこと、それはコード進行に応じて、自分の歌いたい歌を音で表すことだ。下絵ができているキャンバスに色をつけていくようなもの。つまるところ、ジャズにおける即興なるものは、すでにできているコード進行に施す装飾にすぎないともいえる。ただし、この場合、装飾こそが美観をあたえる主たるもので、コード進行だけではたんなる骨組でしかない。

絵なんて好きに描けばいいんだよ、歌なんて好きに歌えばいいんだよ、という意見がある。私も基本的はそう思う。しかし、その描いた絵や歌った歌が小学生レベルのものだったらどうか。もちろん楽しければそれでいい。しかし、少なくとも他人に見せて楽しんでもらえるレベルに達していないようなものを、私は自分で楽しむことはできない。

私は困惑しつつ、息抜きにYTを見ることにした。すると、驚いたことに、そこには「ヴェリー・アーリー」を素材にした動画が少なからずあがっている。おお、これは、と思ってみると、どれをとってもじつにうまい。見ていて思わず引き込まれる。ヴェリー・アーリーという曲の髄をつかんで、そこからしぼれるだけエッセンスをしぼりとった、という演奏ばかりで、圧倒されるとともに、自分のやっていることが児戯でしかないことを痛感させられた。

自分には音楽の才能がない。これは動かしがたい事実のようだ。それでは、その才能の欠如を埋めるための努力をするか? つまり練習をするか?

冗談ではない、この先練習なんかしていては、それだけで一生が終ってしまう。だれかの言い草ではないが、舞台稽古だけやっていて、いつまでたっても幕が開かない、というのでは困りはしないか。

ちゃんとした練習を積むか、それともいままでどおり好きなように我流で弾くか、どっちを取るかといえば、やはり後者になるだろうな、という気がする。好きなようにやって、いつかは人に聞かせても恥ずかしくないレベルに達することもあるだろう、というような、なまぬるい気持で、この先もだらだらと楽器とつきあい続けるんだろう。

それがのらくら者のらくちん境というものかもしれない。


     * * *


最後にひとつ、慰めになった動画をあげておこう。マクラフリンによるギター演奏だが、どうもあまり彼らしいソロにはなっていない。マクラフリン的な手法は、この手の曲には不向きなのだろうか? それを思えば、これまでマクラフリンを師と仰いできた私がこの曲で苦労するのも無理はない。