そぞろごと

退嬰老人日記

深見東州『強運』

本書はいまでもたまに電車の中の広告で目にする。けっして新刊というわけではないのだ。

まあ、あんまりたびたび目にするので、機会があれば読んでみたいと思っていた。しかし、そんな機会はなかなかこない。で、このたび思い切って自分で買ってみた(ネット古書で)。

本書を読んで感じたのは、「著者の意見はおおむねまっとう」ということ。一見トンデモに類する内容もあるが(というか、それが大半だが)、それもけっしてまちがった情報というわけではなく、著者のいうコンテキストに沿って理解するなら、ありうべきこととしてすんなり呑み込める(守護霊だとか、生れ変りの話だとか)。

とはいうものの、はたして強運というものを、人為的に引き寄せることができるだろうか?

本書で述べられた、強運を引き寄せる方法をことごとくやってみて、そのうえで成功するかどうかを決するもの、それこそが運勢にほかならない。人事を尽くして天命を待て、というのは、ここでも真理でありつづける。

もちろん、この諺が意味をもつためにも、人事は尽くさなければならない。そのための方法として、著者の述べていることは、なかなかに説得的なものだと思った。

が、人にも薦められるか、といえば、否。なぜかというと、これは偉人の銘々伝から帰納した方法と、オカルト本来の演繹的方法とが、恣意的に混淆されているからで、一義的に「こうしろ」というような、即効薬のような効果は望めないからだ。こういう題の本から人々が期待するのは、やはり即効薬であって、強運引き寄せにはもちろん即効薬などは存在しないのである。