そぞろごと

退嬰老人日記

ホフマンスタールについて

彼について何か書くほどよく読んでいるわけではないが、ドイツ語で最初に一冊読み通した本が、彼の『道と出会い』だった。読み通したといっても、薄っぺらいレクラム文庫なので、たいしたことはないが、やっぱり最初の一冊というのは後々まで影響する。私にとってホフマンスタールは、ドイツ語の先生なのである。

その先生の本は、その後もことあるごとに読み返した。文章がじつに魅力的だから、ということもあるが、内容がはっきりつかめないというのもある。何度読んでもわからない箇所が出てくる。いや、わからない箇所、どころではない。全体として何が書いてあるのか、はっきりわからないのだ。こんなので、はたして読んだといえるだろうか。

そうこうするうちに、ウン十年という月日はあっという間に流れ、私もすっかりドイツ語とは疎遠になった。もう今後、自分が熱心にドイツ語に取り組むことはないだろう。そう思うと、若いころに親しんだホフマンスタールをもう一度、ちゃんと読んでおきたいという気になった。今度は日本語で、すみずみまで理解できるようにしよう。

そこで岩波文庫の『チャンドス卿の手紙』と『ウィーン世紀末文学選』を買った。幸いにして、レクラム文庫に収められた短篇は、すべてこちらに収められている。で、さっそく読んでみたが──

読解の及ばなかったところがわかるようになったのはありがたかった。なるほどそういうことか、と腑に落ちた箇所はいくつもある。しかしけっきょくのところ、かつてドイツ語で読んだのと、基本的には同じ程度の理解しか得られなかったのはどういうことだろう。日本語で読んでも、ホフマンスタールは依然として謎なのである。

それと、原文の魅力──それは多分に謎めいた内容と不可分だと思うが──が、和訳では決定的に失われている。なんだかばさばさに乾ききっていて、ちっともエロチックでないのが残念だ。私はホフマンスタールの文章はけっこうエロいと思っているのでね。

ただ、檜山訳を読んだ後で、池内紀の「バッソンピエール公綺譚」を読んだら、正確かどうかはべつとして、なかなかうまく原文の趣を伝えていると思った。

最後に私の読み違えでひどいやつを書いておく。バッソンピエールの話の末尾に、ペストで死んだ夫婦の部屋で火をおこす場面がある。私はこれを、てっきり死体を焼いているんだと勘違いしていた。前にコロナについて書いた記事で、ちょっとそのことを引き合いに出したが、すみません、私の読み違えでした。

正しくは、燃やしたのはベッドの藁だけで、二人の死骸はわきのテーブルに裸で転がしてあったのだった。


ウィーン世紀末文学選 (岩波文庫)

ウィーン世紀末文学選 (岩波文庫)

  • 作者:池内 紀
  • 発売日: 1989/10/16
  • メディア: 文庫