そぞろごと

退嬰老人日記

人を殺す能力

私は自分よりもバカな人間にはあまりお目にかかったためしがない。たいていの人間は私よりはましな部類に属する。芥川のいう、「ばかな、嫉妬深い、猥褻な、ずうずうしい、うぬぼれきった、残酷な、虫のいい動物」とはまさしく私のことだ。

そもそもどんなきっかけでここまで転落したのか。自分ではうすうす分っているが、それはここには書きたくない。しかし、そんな私でも、ニュースで報道される犯罪者をみると、こいつらよりかはちょっとはましかな、という気がする。下には下がいるものだ。世間は広い。

ただ、犯罪者(端的には殺人者)のニュースを読みながら感心(?)するのは、かれらはたいてい人殺しは初めてなのにもかかわらず、じつにみとごにやってのけていることだ。その後始末がへたくそで、発覚してしまうのは仕方ないとして、殺人そのものは完璧に遂行している。こういうのを見ていると、人を殺すのは意外に簡単なのかな、と思ってしまう。

そこで考えてみると、現在われわれが生きているという、ふだんは自明すぎてほとんど考えもしないような状態が、過去にさかのぼってみると、ご先祖様の並々ならぬ努力のおかげであることがわかる。人間だか猿だか分らないような、毛むくじゃらの生き物だったころから、現在のわれわれに至るまで、一度も途切れずに命の受け渡しがなされてきた背景には、数限りない修羅場と殺戮とがあっただろう。やらなければやられる、という状況を生き延びてきたものだけが、未来に子孫を残すことができたのだ。

そう考えてくると、われわれの遺伝子のなかには、過去に経験してきたおびただしい殺戮の記憶が、どこかに消えずに保存されているにちがいない。長い目で見れば、われわれのご先祖様は、相手が動物であれ人間であれ、殺して殺して殺しまくってきたのだ。

人間が練習もなしにいきなり完璧に人殺しができるのは、たぶんそういう暗い血のなせるわざにちがいない。