そぞろごと

退嬰老人日記

Bassesse oblige

ノブレス・オブリージュという言葉がある。分ったような分らないような言葉だが、もし私の理解が正しいとすれば、それと対になるような表現も成り立つのではないかと思う。つまり、ノブレスの対であるところのバセス(bassesse, 卑賤)もまたなんらかのかたちでオブリジェするのではないか、と。

この世には底辺と呼ばれる人々がいる。文字通り、社会の最底辺を支えている人々だ。かくいう私もその底辺に位置する人間であって、とても他人ごとではないのだが、そういう人々にあって卑賤、バセスはなにをオブリジェするか。

それは社会的な地位の低さそのままに、己を低くして、人には丁寧に接し、礼儀作法や言葉づかいに気をつけることである。変に世をすねることをせず、また世に阿らず、現実をありのままに受け入れて、つねに明るい気持を忘れないことである。ルサンチマンをこじらせたり、劣等感ゆえの反逆に走ったりしないことである。……

と書いてきて、ふと似たようなことをだれかが書いていたな、と気がついた。そう、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」である。あの詩は、私の考えるバセス・オブリージュをみごとに歌い上げたものだったのだ。

ノブレスのほうは偉い人々にまかせよう。われわれは下の方から、世の中を少しでも住みやすいものにする努力をしていこう。