そぞろごと

退嬰老人日記

「ウイルス=悪霊」説

いつだったか、だれかのブログで「ハウスダストには悪霊が棲む」というような記述を見出して、なるほどなと思った。そのブログはおそらくオカルトや風水の見地から、掃除をすることの重要性を解いていたんだと思うが、私はオカルトとはべつに、もっと形而下のことを考えた。

そもそも悪を形而上、形而下の両面から考えると、形而上の面では良心の問題に行きつく。これは宗教や哲学が扱うべき領域だ。それとともに、形而下の面でいえば、端的に「病気」ということになるだろう。病気、さらにその延長線上の死こそが、形而下における悪なのである。

そう考えてくると、形而下においては、病気や死をもたらすものこそが「悪魔」だということになる。それとあわせて考えるべきは、悪魔、悪霊がたいてい複数形で表されていることだ。聖書に出る悪魔は、「わが名はレギオン、われら数多ければなり」と言っている。ベールゼブブは蠅の王といわれるが、これも密集した蠅に悪魔的なものを見出した古代人の想像から生まれた名前だろう。ドストエフスキーの『悪霊』にいたっては、セクトという集団を抜きにしては悪が顕在化してこない。

というわけで、古人の考えた悪魔、悪霊が、われわれに害をもたらす目に見えぬものの集合、というものだとすると、「ハウスダスト=悪霊」説にもそれなりの根拠がありそうな気がしてくる。そして、それを敷衍すれば、こんにちにおける悪魔は、細菌やウイルスだということになるだろう。

かつてヨーロッパには悪魔学というものがあった。悪魔という敵を知り、粉砕するための虎の巻のようなものだ。こんにちでは、細菌学やウイルス学がそれにあたるだろう。病や死と闘う最前線にいるのが医者だとすれば、昔の著名な悪魔学者に医者が多かったのも頷ける。

今回のウイルス騒ぎも、ただやみくもに怖がるだけでは能がない。われわれもひとつ、昔の悪魔学者になったような気分で、ウイルスについて調べてみてはどうか。敵を知り、己を知らば、百戦危うからず、とはこの場合にもいえることだろう。