そぞろごと

本、鉱物、音楽、etc.

余白を汚す者

上田敏の『牧羊神』に収められた、ギイ・シャルル・クロオの「譫語」のなかの忘れがたい一句、

「古書に傍註して之を汚す者よ、額づき拝せ、われは神だ」

これが原文ではどうなっているのか、前から気になっていたが、調べる手段がなかった。今ではネットというものがあるので、すぐに見つけることができる。すなわち、

Salisseurs de marges, inclinez-vous: Je suis divin.

「古書に傍註して之を汚す者」は、ごらんのとおり、Salisseurs de marges(余白を汚す者)とだけある。古書も傍註もない。上田敏のすばらしい一句は、あえて誤訳とはいわないが、一種の超訳ではあるだろう。

古来、名訳といわれるものは、超訳であることが多い。これがなにを意味するか。世の人々にとって、それが正確であるかどうかはどうでもよくて、たんにおもしろいかどうか、トリッキーであるかどうかだけが重要なのだ。

まあそれはそれとして、クロオと敏とでは、その文才が天と地ほども違う。敏の訳のほうがすぐれているのは、当り前の話なのだった。