そぞろごと

本、鉱物、音楽、etc.

家庭小説

家庭小説というジャンルがある。正しくは「あった」というべきか。というのも、このジャンルの最盛期は明治・大正時代で、昭和に入るとともに衰退し、今ではもはやその影すら残っていないのだから。

しかしほんとうにそうか? たとえば、NHKで昔からやっている「連続テレビ小説」。あれなんかは、形を変えた家庭小説とはいえないだろうか?

あの手のテイストの物語が好きなら(日本人ならたいてい好きだと思うが)ぜひ明治・大正の家庭小説を手にとってご覧になることをお勧めする。現代の小説からは失われた、小説本来のおもしろさと、古きよき時代のノスタルジックな風俗とが同時に楽しめるから。

ただ、家庭小説といってもその数は厖大なので、どれから読んだらいいのか迷うだろう。そこで、参考になるかどうかわからないが、私がどういう順序で家庭小説に親しんできたかを、以下に簡単に記す。


     * * *


最初に手にしたのは小杉天外の『魔風恋風』。尊敬する某氏が読んでいたので真似をして読んだ。そのころはこれが家庭小説に分類されているとはつゆ知らず、ただもう夢中で話の筋を追っていた。ひとことでいえば活字で読むマンガ。

その次に読んだのが、名前だけはだれでも知っている尾崎紅葉の『金色夜叉』。これもひどくおもしろいが、残念ながら……

なにが残念なのかはいわないほうがいいと思うが、もしかしたら周知のことなのかもしれない。

この小説が連載されていたころは、文壇の名流婦人たちも夢中になっていて、彼女らはある日紅葉を取り囲んで、「あなた、お宮さんをどうなさるおつもり?」と詰め寄ったとかいう話もある。それほどの人気作だった。ひとことでいえば活字で読む映画(活動写真)。

これを読んでから、鴎外全集を引っぱり出して、かれの書いた当時の書評なんかを見ていた。鴎外はわりあい紅葉に同情的だ。それから日夏耿之介の評論で「明治煽情文芸概論」およびその続篇の「家庭文学の変遷及価値」というのがある。こういうもので変に知識がつくと、虚心に作品と向き合えないので、ぱらぱらと目を泳がせるようにして読んだが、たとえば家庭小説の下位区分として、

恋愛小説
立志美譚
滑稽小説
風刺小説
花柳小説
少年小説
少女小説
宗教小説
教訓小説

などを挙げてあるのは、是非はともかく着眼としてはおもしろい。

いずれにしても、この二作(天外と紅葉)で家庭小説というものに興味をもった私が次に買ったのが筑摩書房の全集の端本で、「明治家庭小説集」というもの。収録作は、

草村北星『浜子』
菊池幽芳『乳姉妹
田口掬汀『女夫波』
大倉桃郎『琵琶歌』

いずれも読み応えがあるが、『乳姉妹』があまりによすぎて他のものがかすんでしまう。これは無条件でおすすめだ。

その『乳姉妹』の著者である菊池幽芳の『己が罪』。これはおもしろさだけなら『罪と罰』に匹敵する。そのくらいの大傑作。

その次に買ったのが、これまた古い文学全集の端本で、改造社の「歴史・家庭小説集」というもの。歴史小説は飛ばして家庭小説だけあげると、

中村春雨『無花果
村井弦齋『小松嶋』

前者は迫害される美徳の話、後者は愛のすれ違いの話。どっちもおもしろいが、私は後者を推す。最後の場面などは、写実を通り越してシュルレアリスムすれすれまで行っている。


     * * *


このあたりまで攻めたところで、関心がコレクションに移ってしまい、読書には無縁の五年間をすごした。最近コレクションのほうが一段落ついたので、もう一度家庭小説を読んでみようという気になっている。本は何冊か買ってあるので、それを読めばいい。

ひとつ気づいたことをあげておくと、明治・大正のころに出たいわゆる発禁本(春本)、あれは広義の家庭小説といってもいいと思う。家庭小説は主人公がほぼ女性なので、そっち方面にシフトしていく可能性はつねに孕んでいるわけだ。海外でも『ファニー・ヒル』などは家庭小説の雰囲気が濃厚のような気がするが、どうか。